何より不思議なのは、今までだとイヤだ!(気がのらない)から動かないとなっていたはずが、イヤだ!(気がのらない)、けど動けるようになってきたことです。
でも、まだブレーキも踏んでる感じですが…(汗)
実際、本職なんかでもイヤでもやる気が出なくても仕事に行ってますがわかりやすく言えばそんな感じ?でしょうか?
初めて体験でコーチングセッションを受けたとき、その場から逃げようとしていたのはなぜなのか考えてみると過去よくあったのが、それはなぜ?とか、そこには何がある?とか聞かれ、他の理由は?と、聞かれるだけ聞かれ、それが否定され続けたことが原因だったと分かりました。
ふろむ堺でも、いまだに本音で何か発言することは怖かったりしますが少しずつ改善していけたら素敵だな、
と思ってます。
そして、解釈(story)と事実を分けることが少しずつですが出来るようになってきたような気がします。
考えてみると、これが動けるようになった一つの要因かなぁ?と思います。
実際に誰かに起こったことであっても、自分に起こっていないことは、まだ事実ではなく、自分で勝手にストーリーを組み立てて、自分に当てはめて考えているだけなんですね。
そうすることでうまく機能すればOKですが、機能していない時は改善していけばイイのですが、頭で分かっても…って感じかな?
自分の勝手な解釈で動けなくなってることって本当に多いですね。
自分の中にあったパラダイムとしては、答えを求める、答えは1つ、なのですが、しばらくは、答えがなくては不安だったり、複数の答えがあると迷ったりしまして、すごく気持ち悪かったのですが、答えが出ていないから機能していることもある!って事がわかった瞬間、これでOKと思えるようになりました。
ただ、知ってる分かってるから出発すると探究がなくなるという観点から見ると、上で言ってる「わかった」ってのはまずいのか?と思う自分が出てきたり…
ここでまた、迷っている自分がいたりしますね。
最後のセッション前後から最近まで直面していたことがありました。それは「映像編集は好きではない」と言うことです。かと言って嫌いというわけではないので、悩んでました。
能力的には出来る、そして時間を忘れて没頭できるetc...であるにもかかわらず好きではないって、なんで!?と考える中で、出てきた答えは、そのままでええやん♪
以前、キーボードを弾いていた時も、能力的には出来る、そして時間を忘れて没頭できるetcであるにもかかわらず、やめてしまった事と比較して考えていたら映像編集とキーボードを弾く大きな差は片方は一人だけの楽しみもう片方は喜んでくれる人がいる。この差でした。
いずれ映像編集はやめてしまうかも知れませんが、それはそれでOK。
今は作りたくて作ってる、それでいいじゃないかってね。
そして、出てきた答えが、そのままでええやん♪でした。
感動映像クリエーター
寉田 信一さん
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