社長の提案で、入社25年目の製造本部長・原田さん(仮名)と14年目の生産管理主任兼IT推進室長の伊藤さん(仮名)がコーチングを受けることになった。
社内のキーパーソン二人がコーチングを受けることにより、組織の活性化を図ることが狙いだ。
コーチングとの出会いから個人に起こったパラダイムシフト、社内の変化まで、1クール(3ヶ月)で生まれた成果について伺った。
――コーチングを受けるキッカケは何だったのでしょう?
伊藤 社長からの提案がキッカケです。社長はかなり柔軟な人で、良いと聞けばどんどん取り入れるんです(笑)
――それまでにコーチングに対して何らかのイメージを持っていましたか?
原田 5年ほど前、コーチングがブームになった頃に本で読んでいました。それまでのスパルタ方式から選手に目線を合わせた指導法に変化した、という印象で、主にスポーツの世界で活用されるというイメージも持っていましたね。しかし、実際にやってみると随分、違っていました。
――イメージとの違いを感じたのはどんな点ですか?
原田 1回目のガイダンスの時、コーチに言われたんです。「今、どんなことを感じていますか?」と。そして「目標を一緒に決めましょう」と。コーチは先生ではなく、パートナーなんですね。また、こんなことも言われましたよ。「会社からやらされるから渋々やる、なんてことはないですか?」と。ちょっとビックリしましたが、その言葉があったからこそ、“よし、じゃあ本気でやってみよう”と思えた部分もあります。
――最初に掲げた目標とはどんなものだったのでしょう?
原田 私は①毎日イキイキと笑顔で仕事をする②他人とのコミュニケーション能力を向上させるという2本柱ですね。
伊藤 私の場合はコミュニケーションを改善することでした。特に社長が言われる言葉の真意が分からず、感情が揺れることが多かったので。
――最初の頃のセッションはどんな風に進んだのでしょうか?
原田 まずは自分の気持ちをすべて吐き出すことからはじまりました。毎週、セッションで一週間の振り返りをコーチと話すんです。自分一人で振り返っていると、ど うしても自己否定的になってしまいがち。ですが、コーチは一切批判せず、すべて受け止めてくれる。「俺はこれでいいんだろうか?」という問いに「過去を受 け止めましょう。そして、次にどうするかを一緒に考えましょう」と。批判も評価も指導もされず、受け止められる経験というのは、実はこれが初めてだったと思います。
伊藤 それがコーチングの“クリアリング”だということは後で知ったんですが、自分をそのまま受け止められることの大きさは私も実感しましたね。すべてを出しきれば、空きスペースが出来る。すると、また考える余裕が出来てくる。前向きな考えで埋まっていくんです。
――セッションが中盤に差し掛かる頃には何か変化が出始めていましたか?
伊藤 自分中心の発想から少しずつ抜け出しはじめていました。それまでは“自分だったらこう言われれば納得する”という言い方でしか、物事を伝えていなかった。そこから一歩踏み出して、相手の価値観を知ろうとするようになりました。物事の受け止め方は人それぞれ、みんな違っているんです。伝え方を工夫するようになって、随分と思いが伝わるようになりましたね。
――コミュニケーションスタイルに変化があったわけですね?
伊藤 はい。たとえば、自分が想像している社長のパラダイムと、実際に社長が持っているパラダイムは別のものですよね?それを知ろうとせず、言葉尻だけを捉えて 落ち込んだりすることがあった。コーチングを受けることによって変われたのは、『お前みたいな非常識なヤツ、絶対認められへんぞ!』と社長から言われた 時、「どんなところがそう思われるのですか?」と、冷静に尋ねられるようになったことです。非常識とか、認められないとか、形のないものについて考えるのではなく、具体的にどんな行動がそう思わせたのかを探していく。 “ないもの”から“あるもの”へ。そうすることによって、取り組むべき課題が明確に見えてくるんですよ。見えてくれば、得体の知れないものに押し潰される ようなプレッシャーやストレスはなくなります。形のないものについて悩んでも、堂々巡りになることがほとんどじゃないですかね。
――コーチングのプロセスで、苦しい作業はありましたか?
原田 『自分さえよければいい』という考えや『人によく思われたい』という考えによって、失っていくものを100個上げてみるセッションがありました。信頼、家 族、やり甲斐から睡眠時間まで、考えられるものをすべてピックアップしていくんです。最初の20個30個までは簡単に出てきますが、100個となるとしん どいですね。コーチにヒントをもらって、そこからまた自分で広げていって・・・。一人でブレーンストーミングをするような感じです。失いたくないものや大切なものを明確に意識することで、自分自身を強烈に見直すことができた。反省ではなく、体験するんです。苦しかったけれど、とても有意義でしたね。
――コーチングを通して、社内体制の再構築という大きな山を越えられたそうですね?
伊藤 関東工場の資材調達担当者が退職することになったんです。私が関東に出張し、引き継ぎを受けたのですが、これには相当、苦労しました。前任者は自分が築き 上げてきたノウハウを積極的に伝える意欲を持っていなかった。会社に対し、多少なりとも不満を持っているようでしたから。社宅で寝泊りする出張中は、それ こそ24時間仕事モード。帰ってきても、数日間は放心状態になってしまうほど張り詰めていました。ところが、コーチングを受けるようになってから状況が変 わり始めたんです。まず、前任者と真正面から向き合って、どんなことを考えているのかを丁寧に聞くようにしました。それこそ、いつもコーチが私にしてくれるように。前任者の思いにしっかりと触れることで、事態は大きく好転しました。もちろん引き継ぎも上手くいきましたよ。もし、コーチングを受けていなければ、プレッシャーに押し潰されていたかも知れません。
原田 私はもともと人に任せるのが苦手で、なんでも自分でやってしまうところがあったんです。恐怖心やプレッシャーに襲われる時は、その気持ちのまま、コーチにメールしていました。セッションの時以外でもメールや電話で相談できたのは心強かった。「パートナーなのだから、いつでも支えますよ」と言ってくださった時は、本当に嬉しかったですね。
――社内で二人が同時にコーチングを受けた相乗効果は大きかったのでは?
原田 それは大きいです。私は部下を前に話をすることが多いんですが、伊藤くんから「あの言い方じゃ、伝わらないですよ」なんてアドバイスしてくれることもあります(笑)。上司・部下という立場を超えて、一緒にコーチングを受けている仲間という側面ができて、より強固なパイプが出来上がったと思いますね。
伊藤 一緒にコーチングを受けているとはいえ、それぞれに合わせた内容で行われるため、やっていることは少しずつ違うんです。それで「最近、どんなことやってるんですか?」なんて、自然に共有していますよ。教えあうことで内容が深まっていく。これぞまさに相乗効果ですね。
――1クール終わった今、感じておられることと、今後の目標をお聞かせください
伊藤 ONとOFFの切り替えが上手くいくようになりました。力を入れるところと抜くところ、メリハリつけて仕事に臨めるようになったことで、空気抜きができる ようになったと思います。今後は目標設定と言葉を大切にすることを目指したいですね。“やらなければいけないこと”にはだいぶ対応できるようになりました が、ここから更に進化させ、期限や方向性を持ってやっていきたい。それが仕事の確実性を上げていくことにつながっていくと考えているからです。100%や りきる仕事を目指したいんです。言葉を大切にするというのは、たとえば同じことを伝えるのでも「やれ、やってくれ、やって下さい、一緒にやろう」と、いく つもの表現があるわけですよね。気持ちいい行動が伴う言葉を使っていきたい。ありがとうと10回思ったら10回言おうと思っていますね。
原田 今は本当に安心感があります。仕事も、任せるところは任せ、押さえるところは押さえられるようになりました。相変わらず厳しい状況や難しい問題もあるんで すが、それを解決していくプロセスを面白く感じられる。真剣に悩んでいる私の姿を見て「実は楽しんでるでしょ?」なんて部下から言われると嬉しいですね (笑)。こんな仕事の面白さをもっともっと部下に伝えていきたい。周囲を巻き込んでいきたいんです。そうすることで必ず会社は良くなると思いますから。その時こそ、本物の仕事に近づくと考えていますね。
――ありがとうございました!